売上高5億円未満の企業が知財関連紛争に巻き込まれる年間件数

この記事はパテントサロンの知財系Advent Calendar 2024の投稿です!

マーケティングの世界では「PASONAの法則」が知られていますが、最近の「新PASONAの法則」の考え方では、「A」は「Affinity(親近感)」を意味し、「旧PASONAの法則」の考え方の「Agitation(煽り)」ではデメリットの方が大きいとされているようですね。

旧「PASONAの法則」のステップ
1.Problem(問題提起): 読者の抱える問題や悩みを明確に提示する。
2.Agitation(煽り・問題の深掘り): 問題が解決しないことのリスクや負の影響を強調する。
3.Solution(解決策の提示): 提供する商品やサービスが問題を解決できることを示す。
4.Offer(提案): 特典や価格、購入するメリットを提示する。
5.Narrowing(絞り込み): 限定性や緊急性を伝え、行動を促す。
6.Action(行動喚起): 実際の行動(購入、申し込み)を促す。

新「PASONAの法則」のステップ
1.Problem(問題提起): 依然として、読者の問題や課題を明確に提示する。
2.Affinity(親近感): 自分たち(提供者)が読者の問題を深く理解していることを示し、共感を生む。
3.Solution(解決策の提示): 問題に対する解決策を丁寧に提案する。
4.Offer(提案): 提供するサービスや商品に関連する特典やメリットを伝える。
5.Narrowing(絞り込み): 限定性や特典の期間を伝える。
6.Action(行動喚起): 読者に具体的な行動を促す。

と、冒頭ここまで書いて、
『新「PASONAの法則」の良いところの話が続くのかな?』
と思わせといて、
以下では、思いっきり、旧「PASONAの法則」に従って、アジるAgitateする)話が続きますw

知的財産に関する紛争に巻き込まれる?

業務上で、特許や商標や著作権等の知的財産権に関する紛争に巻き込まれる ー

我々弁理士や弁護士は知的財産に関する紛争を日常的に取り扱っているので、体感として「紛争の数は少なくない」と思ってますし、巻き込まれたらとても大変(何ならそのために赤字決算になるくらい)ということも知っています。

しかし
「いやいや、ポジショントークでしょ。うちみたいな規模の会社には関係ないし」
と、ピンとこない企業様も多いかもしれません。

「そんなこと ないやい!」
と言いたい気持ちをぐっと抑えて…

実際、知的財産権に関する紛争って年間どれくらいあるのでしょう。
また、中小企業様が巻き込まれる確率は?

なんてことを調べて、アジってみます(笑)。

推定値

(今年のデータは未だ出揃ってないので)去年R5のデータに基づいて推定してみます。

◆知財関連民事訴訟提起数
 全国の地裁(第一審)で受理された知財関連民事訴訟の件数:600件
 https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2024/j-zenkokuchisai.pdf

 この600件の中には侵害訴訟でないものも含まれていますが、細かいことは置いといて、ざっくりの目安として 600件 の知財関連の侵害訴訟が提起されている、と捉えることとします。

◆訴訟提起数から推測した紛争発生件数
(警告書を送付したり受領したりすることも含めて「紛争」ということにします。)
 通常、権利者がいきなり侵害訴訟を提起することはなく、まずは相手方に警告書(通称「お手紙」)を送ります。相手方とのお手紙のやりとりだけで問題解決することも多いです。
 
 お手紙のやりとりだけで解決した件数を直接的に示すデータはないので、X(旧twitter)で、弁理士/弁護士さんに、
「①警告書送付/受領の数と、②訴訟提起に至った数との比率(①÷②)」
を訊いてみました。
 そしたら、複数人の方からリプライをいただき、
「概ね 10%前後である」
 という感触を得ました。

 ということで、年間の知財関連の紛争発生件数は、ざっくり
  600件 ÷ 0.1 = 6,000件前後
 と推定します。

 この数字が多いのか少ないのか、よくわからんですね。

 比較として、他分野での災い件数を見てみましょう。

 まずは火災を取り上げます。
 2020年の「工場等」「倉庫」及び「一般事業所」の年間火災発生件数は、8,800件程度のようです。
 https://gcoe.tus-fire.com/archive_cms/kobayashi-k/cms/wp-content/uploads/2023/02/06556c74f2f0b22edd7edfaaadee95cc.pdf
 
 次に、事業用自動車の交通事故数を見てみます。
 令和4年の事業用自動車の交通事故数は 23,259件だったとのことです。
 https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001745239.pdf

 これらの件数と比較すると、知財関連の紛争発生件数 6,000件 は少ないものの、希少というほどでもなく、意外に多いという印象を持ちましたが、いかがでしょうか。

◆売上高5億円未満の企業/個人が、紛争に巻き込まれる割合
 次に、売上高5億円未満の企業/個人が紛争に巻き込まれる割合を推定します。なぜ売上高5億円未満かというと、政府統計の総合窓口の資料によると、
『法人企業では、売上高規模1億円超〜5億円の企業の割合が30.7%と最も高く、次いで同 5千万円超〜1億円が19.1%、同1千万円超〜3千万円が18.3%、同3千万円超〜5千 万円が13.2%の順である。』
とされており、該当企業様が多いと考えたからです。

 なお、売上高5億円未満の企業/個人が紛争に巻き込まれる割合を直接的に示すデータも、予想どおりありません。
 ですので、仕方なく、判決が出ている事件の原告/被告の売上高を把握/推定し、売上高5億円未満の企業が原告/被告のいずれかになった件の割合を把握して、それをもとに推定することとします。
 
 裁判所のデータベースでR5年中期日の知財関連民事訴訟を検索すると、判決が確認できたのは延べ307件です。そのうち高裁判決が出たものを除いて”実質地裁判決数”に絞ると、206件となりました。
 
 206件全件について原告/被告の売上高を把握/推定するのは大変なので、特許権・実用新案権、意匠権、商標権の地裁判決のみに限って、原告/被告の売上高を調べました(それでも結構大変でしたw)。非上場企業については、HP等を見て「えいや」で推定してますので、正確性には欠けますが、大体の目安を得ることが目的ですので、ご容赦ください。



◆推定値
 さて、年間6,000件前後ある紛争件数のうち、売上高5億円未満の企業が巻き込まれる件数はどれくらいなのか。
 
 上記の表のとおり地裁判決が出ている事件では、売上高5億円未満の企業が原告/被告になった事件の割合は、特許・実用新案権で40%、商標権で74%と、かなりバラつきが見られました(意外に特許・実用新案権の事件での割合が大きい?)。
 本当は一番件数が多い著作権を調べられるとよかったのですが、なにせ大変なので力尽きましたw。推測ですが、著作権や不競法の事件は、比較的規模の小さい企業様も巻き込まれる確率が高くなるのではないかと思います。権利者側の立場では権利取得に費用がかからないことと、被告側の立場では著作物になる対象がかなり広いことが理由です。
 ということで、ざっくりですが、著作権・不競法の事件も商標権と同等かそれ以上の率になるのではないかと勝手に推定し、著作権75%、不競法70%としてみます。

 以上の仮説をベースに計算してみます。
 48/219×40 + 19/219×74 + 114/219×75 + 37/219×70 ≒ 66%

著作権と不競法については勝手に割合を推定しちゃったので、多少の幅を持たせて 56~66%程度としましょうか。
 
 6,000 × 0.56~0.66 = 3,360~3,960件

結論
売上高5億円未満の企業が、知的財産関連の紛争に巻き込まれる年間件数は、
概ね 3,360~3,960
と推定される。

念のため、もっと幅を持たせてみると、3,000~4,000件というところでしょうか。

年間M&A件数と同等

「3,000~4,000件って、やっぱ少なくね?」
と思われた皆さん!
果たしてそうでしょうか。

3,000~4,000件という数字は、現在活発化して過去最高件数を記録したM&Aの年間件数と同等のようです。そう聞くと、少ないとも言えないかな~という感じがしますね。
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20241105/se1/00m/020/030000c

知財関連の紛争に規模の小さい企業様が巻き込まれると、通常業務以外の対処が必要となり、人的リソースを割くこともままならない場合、見た目の数値以上に大変です。

ですので、知財関連の紛争も、他人事と思わずに、ほんの少しでもいいので、
「新製品の構造は特許権に引っかからないかな?」「新しい名前つけちゃったけど、商標権大丈夫だったっけ?」「この画像を利用するには許可が必要だったかしらん」
等と気にしていただきたいと思っています。


ということを言いたいために、アジってみました(笑)。

明日の知財系Advent Calendar 2024 は 2_far_west さんが登場されます!


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